91歳の祖父と87歳の祖母が「9割は不要」と断言した理由。縁側のある大邸宅の生前整理で、私がミニマリストであり続けると誓った話

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第1章:倉庫が2つ、桐タンスにベッド下収納。モノがモノを呼ぶ「大型家具」の現実

1-1. 移動させるだけで大量の埃。高齢になると困難になる「大型収納の掃除」

母の実家である祖父母の家を、母の兄妹たちと一緒に掃除しました。昔ながらの縁側がある大きな家で、敷地内には倉庫が2つ、家の中には桐タンスがいくつもあり、ベッドフレームにはベッド下収納が備え付けられているという、典型的な「モノを溜め込める構造」の家でした。
こうした大型の収納家具は、買うときも高額ですが、いざ処分するとなると多大な労力とお金がかかります。今回、それらを移動させてみると、いつから蓄積していたか分からないほどの大量の埃が出てきました。人は歳を重ねるとどうしても体力や筋力が衰えます。高齢になってから、これらの大型家具を自力で動かして掃除することは、事実上不可能です。

1-2. 「健康に悪影響が出るレベル」のゴミと、使われなかった健康器具たち

収納スペースが無限にあるせいで、家の中からは当然のように大量のモノ、大型家電、そしていくつもの健康器具が出てきました。モノが多すぎる空間は掃除や片付けが追いつかず、ゴミや埃がハウスダストとなり、住む人の健康にすら悪影響を及ぼしそうな程でした。
幸いにも、87歳になるおばあちゃんが今でも元気で健康なため、一緒に段ボールを崩したり、ゴミの仕分けをしてくれたりしたので本当に助かりましたが、もし高齢の夫婦だけでこの空間を維持し続けなければならなかったとしたら、と考えるとゾッとします。

第2章:生前整理の現場で気づいた「3つの真実」

2-1. 人生の最後に必要なモノは、驚くほど「ミニマル」だった

家の中を片付けながら、おじいちゃんやおばあちゃんに「これは必要?不要?」と一つずつ聞いていくと、なんと**全体の9割が「不要な物」**でした。
今のお年寄りに本当に必要なモノは、日常的に着ている服、ベッド、最低限の調理道具掃除道具、いくつかの思い出のアルバム、そして大切な書類だけ。かつて「必要だ」と信じて大金を払って購入したはずの大量のモノたちが、人生の最終盤では、大抵のものが「ただのゴミ」に変わっていたのです。

2-2. 「大型のモノ」は人生の自由度を奪うリスクでしかない

大型家具、大型家電、大型収納、大型健康器具。これら「大型のモノ」は、買うときも高いですが、手放すときにも莫大なコストがかかります。ジモティーなどを駆使して無料で回収してもらう方法もあるかもしれませんが、そもそも「最初から大型のモノを持っていなければ」、そんな面倒な手続きに時間と脳のメモリを奪われる必要すらありません。
大型収納の中は決まって不要なモノで埋め尽くされ、その周りには埃が溜まります。モノが多すぎると人間の判断力は乱され、本当に大切な目的を見失ってしまいます。

2-3. 健康器具に頼るより、外を歩く方がずっと健康になれる

家からいくつも出てきた大型健康器具ですが、祖父母に聞くと「ほとんど使っていない」とのことでした。その一方で、おばあちゃんは「普段から散歩によく行く」と言っていました。
高いお金を払って部屋を圧迫する健康器具に頼らなくても、自分の足で外を歩く習慣さえあれば、87歳になっても元気で健康に過ごすことができる。モノがなくても、人間の体はなんとかなるのです。

第3章:私が「絶対にミニマリストであり続ける」と心に決めた理由

3-1. ミニマリストは、常に「生前整理」ができている

今回の生前整理は、大人数で数日かけて取り組んでもなお、まだ終わっていません。これだけ多くのモノを買うために、一体いくらのお金と、馬車馬のように働く時間が消費されたのだろうと考えると、とてももったいなく感じました。
もし自分がミニマリストであり続ければ、暮らしは常にアップデートされ、実質的に「常に生前整理ができている状態」をキープできます。残された家族に片付けの苦労をさせなくて済みますし、何より、生きている今この瞬間に、金銭的にも精神的にも余裕が生まれます。

3-2. 人生の大先輩が命をかけて教えてくれた、本当の「贅沢」

家の中の9割を「いらない」と言い切ったおじいちゃんとおばあちゃん。私はこの人生の大先輩から、「人間が生きていく上で、本当に必要なモノはそれほど多くない」という確かな事実を教えてもらいました。
おじいちゃんとおばあちゃんは、母(娘)や私たち(孫)、そしてひ孫などの家族が家に遊びに行くと、いつも本当に嬉しそうな笑顔で迎えてくれます。
あの瞬間の笑顔を見て、確信しました。
人生において本当に大切なものは、高級品でも、広い家でも、最新の家電でもない。「大切な家族」であり、「その家族と一緒に過ごす時間」という経験なのだと。

終わりに:人生という暇つぶしを、最高に贅沢な時間にするために

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
私たちが生きる人生に、最初から用意された絶対的な意味など存在しないのかもしれません。人生とは、ある意味で壮大な「暇つぶし」です。
しかし、その暇つぶしの人生の中で、余計なモノに囲まれるのをやめ、本当に大切な家族のために時間とエネルギーを使う。これ以上贅沢な生き方が、他にあるでしょうか。
毎日、仕事も家事も育児も大変です。でも、その「誰かのために生きられる大変さ」こそが、最高の幸せなのだと、祖父母の家が教えてくれました。
これ読んで、日々の暮らしやモノとの付き合い方に悩むあなたの心が、少しでもフッと楽になったとしたら嬉しいです。まずは、目の前にある「使っていない大型のモノ」を手放すことから、私と一緒に本当の豊かな人生を始めてみませんか?

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